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【元JKT】仲川遥香のインドネシア語が凄い!なぜペラペラなの?学習方法についても調査!

2012年にAKBからJKTへ移籍した仲川遥香さん。

現在はJKTを卒業していますが、インドネシアで暮らしているそう。

なぜJKTへ移籍したのか、とても気になりますね。

また、インドネシアでは短期間でインドネシア語をマスターしたという凄い方。

そこで今回は

なぜJKTへ移籍しインドネシアへ行ったのか

インドネシア語をどうやってマスターしたのか

について調査していきます。

仲川遥香のプロフィール

元AKBである仲川遥さんは2012年にAKBからJKTへ移籍しています。

そんな仲川さんはどのような人なのでしょうか。

プロフィール

氏名:仲川遥香(愛称:はるごん)

生年月日:1992年2月10日(28歳)

趣味:韓国ドラマ

特技:ブリッジしたまま歩いたり、階段を登ったりすること

仲川さんはスポーツ好きでで、小学校の時は野球。中学の時はソフトボール、バレーボール、陸上部を掛け持ちしていたそうです。
経歴

2006:『第三期AKB48追加メンバーオーディション』に合格。

2007:AKB48劇場でのチームB 1st Stage「青春ガールズ」初日公演において、旧チームBの一員としてデビュー。

2008:「渡り廊下走り隊」としての活動も開始

2009:「渡り廊下走り隊」のシングル「初恋ダッシュ/青い未来」でメジャーデビュー

2010:『AKB48 17thシングル 選抜総選挙「母さんに誓って、ガチです」』では20位で、シングル選抜入り。

2011:アンダーガールズ入り

2012:「ぐぐたす選抜7」入りを果たす。また、明治神宮野球場で開催された東京ヤクルトスワローズ対阪神タイガース第23回戦始球式に登場。10月にはインドネシア国内向けの大塚製薬ポカリスエットのテレビCMに起用。11月にJKT48に移籍し、JKT48劇場デビュー。

2015:JKT48の人事異動で、1月に結成されたチームTのキャプテンに任命

2016:チャレンジ企画「仲川遥香 伝説をつくる supported by POCARI SWEAT」では約800キロの道のりを12日間かけて自転車で走破。また、「Twitterで影響力がある世界の女性15人」で日本人ではただひとり、7位にランクイン。JKT48を卒業する。

2017:日本インドネシア国交樹立60周年親善大使に任命。「世界で最も影響力のあるツイッターアカウント」7位となる。

2018:オロナミンCインドネシアのアンバサダーに任命

JKT48卒業後も、インドネシアでタレントとして活動しているようです。
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仲川遥香がインドネシアへ行った理由は?

仲川さんはAKB48に加入したものの、第一線で活躍することが「このままでいいのか」と悩んでいたそう。

秋元康さんにその思いを直接伝えたところ、JKT48への移籍が決まったようです。

「このままで終わりたくない」「自分で何とかしないと」という思いが移籍に結び付いたんですね。

JKTへ移籍した後は更に活躍され、インドネシアでは大人気アイドルのようです。

ただ、インドネシアは初めて行く土地。インドネシア語は全く話せなかったようです。

今はインドネシア語で喧嘩もできるほど、上達しているそうです。
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仲川遥香のインドネシア語がすごい

こちらの動画でも、インドネシア語を流暢に話していますね。

今では流暢に話す仲川遥香さんですが、インドネシアへ渡った時インドネシア語は全く話せない状態でした。
そんな中、なんと4か月でインドネシア語をマスターしたそうです。

今はインドネシアに住んで8年程。日常生活での会話は困らないそうですよ。
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どうやってマスターしたの?

インドネシア語をどのようにマスターしたのか、については仲川遥香さんの著書ガパパ! 〜AKB48でパッとしなかった私が海を渡りインドネシアでもっとも有名な日本人になるまで」に書かれています。

短期間で学んだ方法とは一体どんなものなのでしょうか?

仲川遥香さんの学習方法

インドネシア語を頭の中で日本語に訳さず覚える

短期集中で覚えるために、日本人ではなく、インドネシア人の友人と行動する。

日本語を話す感覚に近づける勉強法ですね

 

これからの活躍にも注目

仲川遥香さんは現在インドネシアを中心に活躍していますが、2つの言語を使えることから、国際的な活躍も期待できますね。

今後は日本でもテレビ出演の機会が増えてきそうです。

楽しみですね!

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